持続可能な社会を考える
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今日は、こんにちは、ゆうあいセンターCSR相談員 小桐です。
今回は2021年11月2日に開催されたSDGsに関する講演をベースに持続可能な社会について考えたいと思います。
岡山経済同友会、おかやまSDGs研究会、岡山大学の共催で開催された特別講演会です。講演者は、長年岡山県の企業・自治体・NGO団体と関わりのある澁澤 寿一氏です。
同氏は、日本の資本主義の父 澁澤 栄一氏の曾孫にあたります。当日は、NPO法人共存の森ネットワーク理事長という立場で講演をされました。
澁澤氏は、海外での農業技術指導やハウステンボスの設立・運営に関わられ、その後は上記法人の母体となったNPO法人樹木環境ネットワーク協会の専務理事・理事長を経て、現在の法人の理事長を務めておられます。
また、これまで日本の各地で、持続可能な地域づくりの研究や指導をされてきました。岡山県では20年以上前から真庭市とのお付き合いがあり、「バイオマスタウン真庭」が実現されるために外部より指導をされてきました。昨今は、真庭なりわい塾塾長として、都会から地域に移り住みたい人たちと地域の橋渡し役も務められています。
NPO法人共存の森ネットワークの活動の柱として、20年間続けてきた「聞き書き甲子園」という事業があります。
毎年高校生100人が日本の伝統的な陸・海での一次産業の仕事を長年営んできた名人(高校生にするとおじいちゃんおばあちゃん世代)の仕事を通した人生観を学び、名人の言葉だけでレポートを作成します。
ここで学んだ高校生たちは、やがて成長し、持続可能な暮らしについて、さらに名人たちとの交流を重ね、全国各地で共存の森活動を展開するようになりました。
地元、岡山でも平成22年から笠岡市を軸に地元高校生による聞き書きが始まり、今では岡山市内、真庭市の高校生も参加する事業となっており、地元関係者と共に継続的に澁澤さんは指導をされています。
今回の講演では、日本人の伝統的な暮らし・価値観と現状の比較をしながらSDGs達成のために「私たちは何をしなければならないか」について考えるための示唆を多くいただいた講演でした。
講演の順番とは異なりますが、筆者が編集をして、持続可能な社会のためにあるべき価値観の転換などについてご紹介します。
① 江戸の社会は 自然共生型社会であり、縄文時代から続いてきた「自然の成長量に合わせた暮らしであり、 自然の利息で暮らす知恵と心」であった。 栗一町、家一軒の伝承
これが、直近の60年間で異常な暮らしを続けた結果、エコロジカルフットプリントで見ると1.7個の地球がいる暮らしとなっている。日本人の暮らしは地球2.9個いる暮らし。地球の資源には限界がある。今の競争社会の価値観で持続可能な社会づくりが達成できるだろうか?社会・経済の在り方を変えるべき時に来ている。
・本来、資本の論理で経済が作られるが、今は経済によって資本が作られるようになり、バーチャルマネーの時代になっている。
・この暮らしを実現した今の世界全体を覆う価値観の異常さについて、元ウルグアイのムヒカ大統領の言葉で指摘されている。「貧しい人とは、もっともっと際限なく欲しがる人、いくらあっても満足しない人と言っている。 素敵な人間関係をつくり、次世代を育て、友人を持つ、必要最小限の基本的な必需品を持つこと。」
・戦後70年間の労働は、GDPを向上させる労働だった。経済価値のための労働といえる。戦後当時は、復興のための経済を立て直し、生産性を挙げることが不可避だった。
しかし、今後 子供たちの65%は大学卒業後存在していない職業に就く 今後10~20年間で約47%の仕事が自動化される予測。 2030年までには数15時間ほど働けば済むようになると予測され、働くことの意味が変化してくる。
② 豊かになった日本は幸せになったのか?
一般的な地方創生や地域活性に見られる今の価値基準での幸せとは、
1.有名になること。マスコミなどに取り上げられること。
2.人がたくさん集まること。工場ができること。
3.お金がたくさん集まること、儲かること
『もっともっと』という経済価値優先の社会の価値観は、関係性喪失を招き、無縁社会という現実を作った。
・人と人の関係性 今だけ・お金だけ・自分だけ 家族・友人・組織・地域の中だけに限定されている
・人と自然の関係性 生産と消費の分離、自然を知らない消費者
・世代を超えた関係性 これから生まれる世代に対する配慮のなさ、無関心
そして、その社会の本質は、関係性の遮断にある 自分らしさの喪失 無関心、無視、面倒くさい 愛が枯渇した状態を生んだ。 愛の反対は、無関心とマザーテレサはかつて指摘した。
・環境問題は結果であり、その本質は心の問題。 持続可能性はモノ、カネ、システムではなく、関係性(つながり・調和)の中に存在する。
③ 持続可能な社会を作るには、人と人、人と自然、世代と世代がつながること。そのためには、お互いが関心と共感を持ち合う社会を再構築する必要がある。 持続可能な社会を考える時、その構成要素を見つめるとわかりやすい。
地域は、「非経済的価値」と「経済的価値」で成り立っている
・「経済的価値」は外部経済(儲けの経済)と内部経済(地域づくり)から構成される。
・外部経済は、産業振興や工場誘致、地域・特産品のブランド化、ネットショップ、観光振興、ふるさと納税
・内部経済は、住民自治による地域経営という視点が不可欠。外から金を稼ぐだけでは地域は豊かにならない。地域内でお金を循環させる仕組みが必要となる。 そのための要素は、エネルギー、食料、水、医療、福祉、教育、安全、公共工事、娯楽などの自治と自給をすること。(ここで真庭市の木質バイオマス利用に関する事例紹介あり)
・一方、これまで無視されてきた「非経済価値」は統計データから漏れている。しかし、関係性づくりにおいては重要な要素。 例えば結、普請などの共同作業、祭り、水の共同管理、イベント、郷土愛・誇り、先祖、自然、景観、文化、神などがその要素として浮かんでくる。
④ 持続可能性に関しては、都市の問題、地域の問題もそれぞれ単独の取り組みでは解決できない。
環境・経済モデル(外部経済+地域な循環経済、環境保全) + 生き方・働き方モデル(価値観づくり・人づくり)を進めないと解決しない。
経済的な豊かさだけを求めるのではなく、未来の社会、幸福、生きがいについて皆で考え実践する。
持続可能な社会とは、地域の皆が食べていける。(食糧、エネルギー、福祉、交換・贈与・連携・購入)
出ていった子供たちが地元に還る。地域で生きる誇りを持つ。死ぬまでここで生きていきたいと思う。農作業山仕事が出来る(精神的、肉体的に最善の健康法)、神々、祖先の霊・産土といつも一緒と感じられる。自分が人の役に立っていると思える、感じられることが実現したもの。
⑤ 持続可能だったこれまでの日本人の暮らし方について数々の事例の紹介がありました。
・これまで、先祖は次世代の事を考え行動してきた、その結果先祖から続く、あなた(自分)がいる。
秋田に鵜養(うやしない)という地区がある。江戸時代の基金の時にも誰一人餓死しなかった地区。
ここでは、山を33箇所に分けてそのうちの1箇所から1年分のエネルギーを得ていた。
(日本では緯度の差によって萌芽更新で木が成長して循環する期間が違う。津軽40年、東京25年、近畿20~25年の萌芽更新)
・聞き書き甲子園の参加した若者たちが、目にした奈良 吉野杉の大木群。250年間七世代が価値観を共有し、思いを繋いできた結果であることを学んだ。つい、60年前までは、それが行われてきた。
・日本は1964年に東京オリンピックが開催され、新幹線や高速道路が開通。同じころ田舎にもテーラー(耕運機)が入り、牛・馬がいなくなった。チェーンソー・草刈り機も入ってきて、これまでの農業林業のあり方が変わっていった。 そのころまで、生きていくことは山や田畑で働くことだった。これは、ずっと日本人が昔からやってきた暮らしだった。
・澁澤氏自身の回想。60年ほど前、幼いころ祖母に連れられて渋谷東急プラザから見た光景。 人々が人力で大八車に載せた下肥の桶を運んでいた。このし尿の循環が江戸の町を形成した。
現在の消費だけの都会の暮らしが、江戸時代は、消費と農業生産の循環のバランスが取れていて、それが徐々に拡大していった。その結果150万人が暮らせる町になっていった。
・ある高校生が、聞き書きでマタギのおじいちゃんに会い、話を聞く。1年間通して、マタギという職業があると高校生は思っていたが、おじいしゃんはマタギの仕事は5月中旬から2週間ほどしか猟をしない。そのあとはゼンマイ・ワラビなどの山菜取り、田植えの準備から田植え、夏野菜の世話、秋には稲刈り、それが済むとスゲ・カヤ刈り、そばの収穫、薪づくりを順番にこなしていく。冬は次年度のために道具を作り、保存食を作り、春の農作業の準備をする。薬も山に入って自分で調達する。山があれば生きていけるという。この暮らしが今でも続いている。生きていくことに全く不安のないマタギのおじいちゃん。
これまで自分が親から聞いてきた社会での暮らし、価値観と全く違うことを目のあたりにする。
⑥ 持続可能な社会での労働は、生きる意味を問う労働となる(meaning of life)
地に足がつき、コミュニティの中で必要とされ、自然の中でその恵みを得ながら、必要最低限のものを持ち、多くに人と世代がつながっている社会を実現する。
お金より共感や協働。共感ができなくても共生(自治) 働くことは生きること。お互いが持つ弱みを許容し、そこから社会づくりを考える。 人生は職業選択でなく、生き方づくり。
